修斗&柔術

最強論争に終止符を打つ究極の格闘スタイル!
それが総合格闘技!!

はじめに総合格闘技とは、

格闘に関するあらゆる局面における戦いでの技術を、総合的にもちいた格闘技といえる。

格闘における形を簡単に分類すると

パンチ・蹴りといった[打撃]、組みついてからの[投げ]、敵を押さえ込んで

関節技・締め技といった[寝技]の3つにわける事ができる。

総合格闘技にはこれらの「打撃」、「投げ」、「寝技」のすべてが技術的にもちいられ、

さらにそれらの技術を確認し合う為の試合ルールが存在する。その意味で、

総合格闘技を極める事は最強を意味する。

つまり空手やキックボクシング等が[打撃格闘技]、

柔道やレスリング等が[組み技格闘技]、

これらすべての技術を取り入れたのを総合格闘技という。

修斗とは、

1984年に佐山聡(初代タイガーマスクが考案した

「打撃」、「投げ技」、「寝技」
と全ての技術をもちいた格闘技!

修斗とは「斗を修める!」

すなわち打・投・極


骨子となる修斗のコンセプトを佐山は、こう語っている。


「打て」という”打”ではなく、

「投げろ」という”投”ではなく

「極めろ」という”極”ではない。

また単に打・投・極を総合的に闘えばいいというものではない。

自然の流れにのった技術が途切れなく連係し、

なめらかに回転する事が修斗の姿である。

そして闘いを修めていく修斗の思想が、競技者を人格的に正しく導く。

それこそが修斗の理念である。礼に始まり、礼に終わる。

礼の姿勢こそ修斗の基本姿勢であり、

自然に礼を発せられる事が、修斗体得への第一歩である。


クラスA選手は3R×5分、クラスB選手は2R×5分、

クラスC(アマチュア)選手は、2R×3分で勝敗を決める格闘技である。

プロとアマチュアにルールの違い(寝技での打撃、防具etcの有無)はあるが、

筋書きの無い真剣勝負が売りの総合格闘技である。
   
        *ルール   細かく説明するのが面倒なんで(笑)基本的には何でもあり!?



試合の勝敗は、


  一本(Submission = S)  関節技、締め技によるギブアップ

  テクニカル一本(Technical Submission = TS) 
          * 関節技や絞め技が完全に極まったとレフェリーが判断した場合。
  ノック・アウト(Knock Out = KO) 
          * 10カウント以内にスタンド・ポジションで試合続行の意志表示をしない場合。
  テクニカル・ノック・アウト(Technical Knock Out = TKO) 
          * 試合続行が不可能であるとレフェリーが判断した場合。
  判定

  テクニカル判定(Technical Decision = TD)
          * 試合続行が不可能になるような事態が生じた場合、
        試合の前半ならばドロー、試合の後半ならばそのラウンドまでの判定。

      によって決まる。

修斗の代表選手(私の勝手な判断です)

 桜井”マッハ”速人

  GUTSMAN修斗道場

 佐藤 ルミナ

  K’z FACTORY

 朝日 昇

  東京イエローマンズ

 五味 隆典

  木口道場レスリング教室

 中尾 受太郎

  STG大阪

 須田 匡昇

  CLUB J

 三島☆ド根性ノ助

  格闘サークル コブラ会

 池本 誠知

  ライルーツ・コナン


柔術とは、

皆さんの良く知る柔術とはブラジリアン柔術だと思います。(グレイシー柔術など)

私は、恥ずかしながらそっちの柔術関係は余りわかりません。  すみません・・・

ブラジリアン柔術をより良く知りたい方は、

柔らかフーリガン又は柔術帝国軍で調べて下さい。

私の知る柔術とは、

徒手を基本とし、相手の徒手又は武器を持った敵に対する

攻防の技術として用いられた古武術です。

戦国武士の当時の武装は馬に鎧兜ですから

最後は相手を投げ倒し押さえ込んで敵を殺す。

この押さえ込む格闘術が古武術の柔術です。

諸賞流,、竹内流、柳生心眼流、、楊心流、武備心流、天神真楊流等の

柔術の各流派には、相手を倒す法である殺法を伝えていました。

いわば身体の急所に

「打撃」・「突き」・「蹴り」等の攻撃又は、関節部を破壊し相手を制御する。

すなわち殺傷を目的とした格闘技だったといっていいでしょう。

それ故に現代では隆盛できずに失伝してしまった流派も多いようです。

皆さんは、柔道、合気道というのは良く知っていると思います。

もともと柔道は、嘉納治五郎という人が天神真楊流や起倒流の柔術を学び、

その他いろいろな流派を参考にし、

その根本原理(柔道原理)を明らかにし

講道館柔道を創始した。

しかし、古流柔術の中でも重要な離れた場合の

[当身技]・[関節技]の術理は乱取りとして行うには、

危険な(技としては非常に有効である)内容を含んでいた為、

とりあえず組付いてからの術理としての「柔道乱取」を確立した。

合気道は、新羅三郎義光を流祖として源家に伝わり、

会津藩にのこされたという大東流合気柔術から出ています。

神道の敬虔な行者である植芝盛平翁は、

これを同流の正統をつぐ武田惣角翁に学び、

別に起倒流、柳生流、神陰流などの諸流を加えて

独自の境地を開き、神道の行法としての合気道を確立した。

しかし古武術としての柔術は、

時代の変遷により実戦の場を失う事になり、

平時における心身の鍛練及び護身ということに

重点が置かれるようになり、また精神性を純化した

柔道、合気道、空手道という道へと変化していった。




柔術の流れ